感想:グレッグ・イーガン「TAP」

評価:7/10点

TAP (奇想コレクション)

TAP (奇想コレクション)


グレッグ・イーガン続きですが、最新の短編集「TAP」読了。相変わらず短編それぞれのクオリティが非常に高いですね。「現役最高のSF作家」と呼ばれるだけはあります。「TAP」以外の短編集を一通り読んだ感想としては、イーガン作品は長編よりも短編の方がとっつきやすくて単純に面白いなあ、と。「宇宙消失」は初期の作品と言う事もあって情報密度がそれほどでもないぶん*1読みやすかったけれども、「万物理論」を絶賛放置中の身としては長編のとっつきにくさは正直ちとつらいものが・・・。それに較べると短編は、要素は長編並みに詰め込まれていても筋はすっきりしているので読みやすく、かつ充実度が高い作品が多いように思います。
ただ、今作「TAP」はレーベル(奇想コレクション)の都合上、(狭義の)SF作品が少ないため、ガチガチのハードSFを期待して読むと少々肩すかしを食います。他の短編集と較べると毛色の違う作品も多いのでイーガン初心者が初めて読むものとしてはちょっと微妙かな、と。逆に言えばイーガン作品のイメージを良い意味で裏切る作品が多く、イーガン作品既読者が2作目以降として読むにはかなり良い短編集だと思います。
以下各短編毎に感想。ネタバレは避けていますが粗筋には触れていますので注意。

  • 「新・口笛テスト」評価:7/10点

「何故かフレーズが脳にこびりつく音楽」という発想から話は星新一風に展開。筋のベタさと裏腹な理屈付けの異常な充実っぷりは流石としか。短編集の頭に選んだのも頷ける所。

  • 「視覚」評価:7/10点

事故をきっかけに「自分の視点が頭上に移ってしまった」男の話。ある意味究極のメタ視点。

  • 「ユージーン」評価:6/10点

遺伝子治療による「究極の天才児」を作る話。最後の跳躍の無茶さとその跳躍のベクトルは長編作品に通じるものが。微妙に本筋から外れて宝くじを痛烈にDisってるのがまたイーガンらしいな、と。

  • 「悪魔の移住」評価:6/10点

『悪魔』の饒舌な一人称語りがイーガン作品としては非常に異色。

  • 「散骨」評価:6/10点

殺人事件等のメディア報道に対するストレートな批判を感じる作品。殺人鬼・メディア・大衆の奇妙な共犯関係。誰もが当事者からは逃れられないが、決して中心に立つ事が出来ない矛盾。

  • 「銀炎」評価:9/10点

嫌な話その1(褒め言葉)。すがすがしいまでの痛烈な宗教・疑似科学批判。この人は「癌の(効果がなくて金だけ無駄に掛かる)代替療法」とか、「処女をレイプするとエイズが治る」とか、そういう価値観が死ぬほど嫌いなんだろうなあ。疑似科学批判批判者はこれ読んだらちょっと認識が変わるんじゃないだろうか。疑似科学とは結局根拠のない「信念」でしかなく、それは当人どころか周囲を巻き込んで人を不幸にする(場合が多い)、ってのが良く分かると思う。

  • 「自警団」評価:7/10点

嫌な話その2(褒め言葉)。町の自警団のアウトソーシング先がクトゥルー系の化け物、って時点でろくな話にはならないわなあ(苦笑)。町の治安はなによりも(それこそ人命よりも)優先する、ってのは映画「ホット・ファズ」に通じる物が。

  • 「要塞」評価:7/10点

ゲーテッドコミュニティ ミーツ 遺伝子学。オーストラリアの差別意識や移民問題等の社会問題も透けて見える。

  • 「森の奥」評価:7/10点

脳を物理的に(インプラント・ナノマシンで)操作する事による意識・自我の変容の強要。短編なので思考実験度高め。

  • 「TAP」評価:8/10点

「言語を拡張し、今ある現実(五感)を完全に描写する『TAP言語』」と「脳内に疑似現実を展開する『VR(拡張現実)』」。根幹となるアイデアもさることながら、ストーリーもきっちり展開する良作。


以上10編。とりあえず買って損は無い短編集だと思います。相変わらず奇想コレクションはヒット率高いですな。しかし、短編集の感想を書くのはなかなか難しいですね(汗)。これを書くのに2〜3時間掛かってしまいました(苦笑)。ちょっと書き方考えないと効率悪いなあ。

*1:それでも並の作家の3倍増しくらいはありましたが(苦笑)。