「アヒルと鴨のコインロッカー」感想

アヒルと鴨のコインロッカー (創元推理文庫)

アヒルと鴨のコインロッカー (創元推理文庫)


評価:6/10点
伊坂幸太郎の作品が文庫落ちしたので早速購入。これで5作品目、かな?
物語は、大学入学を機に一人暮らしをする事になった椎名と、彼が住むアパートの奇妙な隣人河崎を軸に展開する「現在」と、視点人物の琴美、その同居人でブータン人のドルジ、そして琴美の元恋人河崎という3人によって展開する「2年前」が、章ごとに交互に描写されていきます。
ほとんど前半部の数十ページで「2年前」の出来事が悲劇的な結果となったのだ、というのが暗示されます。そして、数々の伏線を回収しながら、「現在」の椎名は、2年後に持ち越しとなった悲劇の結末を物語の乱入者として、傍観者として真実を知り、関わっていきます。
以下感想。
帯を見れば分かるとおり、直球勝負で「泣かせ」に来た作品です。しかし、あんまり泣きそうにならなかったのは作者の「照れ」が見え隠れしてしまったからかな、と思ったり。あんまりベタな話が好きじゃないんだろうな、と思いました。下手な泣かせ話を書こうとして、照れから微妙に要所をゆるめてしまったような印象。まぁ、寓話の様で寓話でない、そういうベタな話へのシニカルな視線が伊坂作品の味かな、と私は思ってます。
また、相変わらず悪人シミュレータとしての気持ち悪さは逸品です。とにかく悪人の思考(発言)の気持ち悪さ、不快さは相当な物です。この人がノワールを本気で書いたら嫌な作品になるんだろうな、と。しかしその悪人がどの作品でもきっちり酷い目に遭うのが伊坂作品の良いところでもあり、限界でもあるのかな、と思ったり。人間の気持ち悪さを描きながら、「因果応報」を信念とする様は、評価が分かれる所かも知れません。私はそこが好きだったりしますが。
それからミステリ部分ですが、これがもう見事に騙されました。と、言うかあんまりミステリ色が薄いのになんで版元が創幻推理文庫なんだろう?なんて思いながら読んでました(汗)。してやられたな、と(苦笑)。
といった感じで部分部分は見所満載なのですが、泣かせ作品としては正直中途半端なので微妙な点数。タイトルの意味とか、作品の「ブータン愛」っぷりとか、色々好きなんですけどね。作品全体としてはこんな所かな、と。伊坂作品は佳作が多いのだけれど、傑作!と言えるのはまだないんだよなぁ・・・(ラッシュライフはかなり好きですがあと一歩)。次に期待、と言いながら買い続ける感じです。

作中で印象に残るのが「現在」の視点人物の椎名がしきりに口ずさむボブ・ディランの「風に吹かれて」。作中では全く歌詞が引用されませんが、こちらで詞とその訳を読んで何となく納得。「神」「宗教」「死生観」このあたりがこの作品のテーマなのかな、なんて事を思ったり。良い歌ですな。